アメリカでは、人種差別による問題が絶えずあります。特に、黒人に対する差別でのニュースは、2018年になっても多々あります。 先月、フィラデルフィア州のスタバでの黒人男性2人に対する人種差別問題がニュースになりました。 その後の、一番最近の黒人差別事件としてニュースになったのは、今月5月4日に、ジョージア州で65歳の老人女性がちょっとした交通違反で停められ酷い扱いを受けたことです。
アメリカの黒人が感じる人種差別は母国の中だけではないようです。トレーシージョーンズ氏というアメリカ黒人男性は、日本で生活した数年間で自分が日本で受けた人種差別を話しにまとめてhuffingtonpost.comに投稿しました。
この話が、あまりに衝撃的だったので、日本で育った人にぜひ読んでみて欲しいと思い、日本語に訳しました。 単一民族の日本では、人種差別は身近なことではありません。人種差別に関してのちゃんとした知識がないため、どんな行動が人種差別なのか理解がないのだと思います。この方の話を読んで、自分がなんとなくやってしまった行動、人から聞いたことがある話、または目撃したことがある他人の行動が、実はそれは”差別”なんだということを知ることが出来ると思います。
写真下は、この話の筆者であるトレーシージョーンズ氏と娘カントラと妻のハルキさん。
私は東京に住んでいます。東京は98.5パーセントの人口が日本人。
私の妻、はるきは日本人で、4歳の娘、カントラは幼稚園でたった一人の黒人。
妻のお産で、娘が生まれた瞬間に分娩看護婦がハリーベリーって言ったのを覚えている。
私の娘がこの世に生まれて最初に聞いた言葉がそれ。
私がえ?という顔をしているのを察したその看護婦は、じゃあこれはどうかしら?という風に、「ナオミキャンベル?」と言った。
カントラが生まれたのは2013年の夏。専業主夫の私は、娘にインターネットのセサミストリートを使ってアルファベット、色、形、数字を英語で教えていました。 テレビを買おうか考えたけども、妻が、日本のテレビ番組はよく黒い顔を見せるんだと言って止めた。 その上、はるきの家族の家に遊びに行った時もテレビは見なかったので、テレビ番組がどうなっているのか全く知らなかった。
私が日本に引っ越したのは2011年。最初の2年間は、自分の勘違いなのか、それとも日本もアメリカのようなのか分からなかった。アメリカのようにと言うのは、黒人として自分が白人に対する恐怖を常に感じていたことと、それによって自分の身が危ないかもしれないと感じていたこと。
東京の地下鉄では、誰も私のそばに立ったり座らない。自分が気にし過ぎているのか、それとも自分が皆を怖がらせているのかわからなかった。みんな私から離れた所に立って、私をジロジロと見る。私と目が合うと、自分がじーっと見ていた人は生きている人だったんだと初めて気がついたかのように我に返り驚いた様子になる。
エスカレーターに乗るときも、スーパーのレジに並ぶ時も、バス停で並ぶ時も、そわそわする女性がいて、私から自分の身を守るかのように、ハンドバッグをギュッと押さえたり、くるっと反対の方を向いたりする。
私は、英語の先生をやっていて、生徒からはボブサップに似てると言われる。ボブサップは、過去にミックスマーシャルの選手だったアメリカ人で、今は、バラエティー番組で目をぎょろぎょろさせて獣の真似をして笑わせてる。妻にボブサップに似てると言われると言ったら、「だから家にはテレビがなくてよかったと思うのよ。学校の子供たちがボブサップに似てるって言うのは、貴方が黒人だからよ。」と言われた。
地下鉄や電車の駅で、日本人が顔を黒く塗っているポスターを見ると、お化けに驚かされたかのようにギョッとする。
「カントラがテレビを毎日見ていて、あの黒い顔を見たらどうなると思う? 怖がるに決まってるわ。」と妻が言った。
でもカントラにテレビを見せないようにしていても、黒い顔を娘から完全に隠すことは出来ない。
「パパ、あれ何?」と4歳の娘が去年の11月に聞いてきた。 地下鉄の駅のフォームで電車を待っている時、黒く顔を塗った日本人のポスターを見て言ったのだ。妻が、ごめんねと娘に言って、娘をポスターから離した。「これっていじめよ。」とはるきが言った。 すると、娘が「あれ怖い。」と言った。
日本のテレビ番組、「陸海空地球征服するなんて」の宣伝が町のビルボードに挙がっている。
この番組の内容は、黒い顔の男の人がアマゾンに行き、民族に入り、骨付きの肉をがつがつと食べる。日本の子供達には、この番組のイメージで実際の黒人を見るようになってしまう。
テレビで流されている黒い顔を見せたら、娘に自分も笑いものになる黒い顔なんだと教えているようなものだ。カントラは「怖い」とか、カントラのくりくりの髪の毛は「変」だと言う風に。
私は、娘が自分のブロンズ色の肌と茶色いアフロヘアを誇りに思うようにと育てているつもりだが、単一民族文化である日本でそれを教えるのは難しい。
半分日本人で半分違う人種の子供は、自分を嫌になり、自分のような他のハーフを嫌いになるリスクがある。
日本の典型的な枠の中に入れない人は、無理やり型にハマるように従わせられる。それがたとえ日本人でもだ。
これはアメリカで、私が黒人の両親を持ちながら、白人社会で育った時と平行する。白人のクラスメートに、自分は白人だから僕よりも上だと言われながらも、両親には黒人のプライドを深く植え付けられていた。
私は、娘に同じことを教えている。でも、家の外での全てが私が言っていることと反対の事を教える。
娘は日本で生まれて日本で育っていても、日本人と思ってもらえない。それは、日本人に見えないからだ。
初めの頃は、娘は何で他の子供は自分と一緒に遊んでくれないのかわかっていなかった。私は、こんなに幼い子供に人種差別を教えてもわからないだろうから、もどかしい気持ちになる。「そういう子供たちは放っておけばいいから。お前はあの子たちとは違う。」と言う。 子供だった頃の自分に言っているようなものだ。
「パパはお前の事を怒っていないよ。パパはお前が大好きだよ。お前は強い。その強さを失くしちゃだめだよ。」と。
毎朝、娘を幼稚園に連れて行った時と、迎えに行った時、幼稚園の他のお母さんたちにじっと見られるか、完全に無視され、いつになっても私はよそ者だと言われているような気持にさせられる。この人たちにとって、私は邪魔であるか、私がそこにいること自体も無視される人間にしかないのだ。この人達は、私は会社にいるべきだと思っているし、私が、自分のことを専業主夫だと呼ぶのは、「間違った事をしている」を良い風に言い換えているとしか思っていない。
そして、私を見て、私の娘の肌の色や髪の毛、そして生い立ちが、他の子供と違うという目で見てしまうのだ。
子供は親の真似をする。
公園にいる母親たちも同じ。カントラに優しくしてくれるのは、自分の子供たちのたてまえがあるから。
自分の子供がそこにいなければ、外国人の子供であるカントラをいじめていたはずだ。
日本の子供たちは、”出る杭は打たれる”という日本のことわざを教えられている。
カントラが2歳だったとき、公園で遊んでいる男の子の方に走って行って、一緒に遊ぼうと言った。すると、その男の子は、ボクサーがパンチするような恰好をして、笑顔で立っているカントラの顔にパンチしようとした。
公園の子供たちは、カントラがまるでキングコングかのように、カントラを見て怖がって逃げる。「こわ~い」と言って女の子が母親にしがみつく。まるで、溺れそうになって、母親にしがみつくかのように。それでも、カントラは「ねえ、遊ぼうよ~」と言って、その女の子の腕を引っ張る。こんな小さな娘の純粋な気持ちを潰されるのを見るのは心が痛む。
ほぼ毎日、カントラはあっちに行って、と他の子供達に避けられる。
しかし、そのうちに、カントラは、子供のお母さんと仲良くなればその子供と遊べると分かったようだ。
カントラは、もうすぐで幼稚園の1年目を終えようとしている。
じっと座っていられないし、いつも歌を歌っている。カントラを見ていると私は疲れてしまうけど、カントラのそういった面を失って欲しくない。学校では、カントラは自分でどうにかしなけらばならない。自分が他の子供と違うことは自分で分かっている。「私は茶色い子」だからと言う。
「パパと同じだけど、ママとは違う。」と言う。
日本では、皆と同じ型にはまらない者は、それが日本人であっても、無理やりその型にはまるようにさせられる。
カントラにとって、私以外にも接すれる黒人がもう一人いる。学校の先生である。カントラがアメリカ人黒人女性の先生に教えてもらえるだけでもラッキーなことであるけど、それでもやっぱり難しい。学校で先生との初めての面談で、妻と私は、カントラがたった一人の黒人の生徒であることをすごく心配していると伝えた。すると、先生は少し黙って、「子供たちはみんな同じに扱っています。」と言った。
2回目の面談は、カントラの担任と学年主任との面談で、カントラの髪の毛を触るのはカントラが他の子と違うと言っているようなものだから止めてほしいと伝えた。これを伝えたのは初めての事じゃない。皆が(先生も含めて)カントラの髪の毛を触るのを止めて欲しいと、以前にもお願いしたことがあったが無視された。
学年主任は、「カントラの髪の毛を触るのがなんでいけないの?かわいいじゃない。」と言った。そして、そのまま手を延ばし、カントラの黒人の先生の髪の毛を触ろうとした。するとカントラの先生は、その手を避けて「やめて」と言った。私は、怒りを抑え、目をそらした。
カントラの成長を見ているうちに、私の日本との関係は複雑になる一方だ。最近は、カントラが「パパ、学校に行きたくない。パパとママとお家にいたいの。」とずっと言っている。家に帰る途中、学校での一日を話したがらないことがよくある。ただ単に疲れていて話したくないのか、それとも学校で何かあったからなのか分からない。
朝、私はカントラに鏡の前で「私は自分が大好き。私は頭が良くい。私は美しい。私は強い。」と言わせるようにしている。 逆の環境に反するように、カントラは私の真似をする。 カントラが私の真似をしてくれると分かっているから、私は怒りを忍耐に変えられる。
7年近く経って、私は日本に慣れてきた。居心地が悪かった事にも慣れてきた。私は、家族をくれた日本が好きだ。私たちは、良い人生を送っているし、日本は美しい国だ。でも、カントラの為に、妻のビザが取れたらすぐに私たちはアメリカに戻る。カントラは、自分に似た人たちに囲まれて育つべきだ。カントラには、自分を誇るべきことが沢山あるけど、日本にいたらそれに気がつかない。日本は、黒人は、日本のフィルターを通れず目立ってしまう国だから。
私は、白人社会の日本で育ったけど、私には、黒人の両親がいて、黒人の兄たちがいて、おじいちゃんおばあちゃん、従兄弟、叔父さん叔母さんがいた。私たちは、ほとんどの住民が白人という地域に住んでいたので、私の両親は貧しい地域にある生徒のほとんどが黒人の学校に行けるように叔母さんの住所を使った。学校の帰り、私は叔母さんの家まで歩いた。それが幼い時の思い出の一つとなった。
カントラが、自分自身と自分の母親が生まれた国を愛しながらも、強い黒人の女性になるように育てるにはどうしたらよいのか不安だ。
日本では、カントラは、いつになってもよそ者として扱われるだろう。どんなに上手に日本語を話せても関係ない。日本でのカントラを説明するのに一番近い人物は、2015年にミスユニバースジャパンとして優勝した混血の宮本アリアナだ。彼女の勝利は問題になった。日本人の多くが、宮本アリアナに日本代表になって欲しくなかったから。 宮本は、”日本人に見えない。” もし、宮本が黒人の真似をして肌を焼いて黒くする顔黒ガールだったら受け入れられたかもしれない。
最近は、公園にダーっと走って行く前に、カントラは公園の端っこに立って日本人じゃない子供かミックスの子供がいるか見る。そういう子供を見つけると、その子達の方に走って行き、一緒に遊ぶ。
カントラは自分の友達のほぼ皆とは違うけど、日本はカントラの故郷でもある。日本中のあちこちにカントラのような少数の子供はいる。
私と妻は、カントラの粘り強さに驚かされる。もし、カントラが私たちから何か学んでいるなら、それは共感であって欲しい。私たちは娘にカントラは他の人よりも上だとは教えない。でも、学校から帰って来た時に、「パパ、黒は違うんだよね。」って言ったら、私は、「カントラそうじゃないよ、白が違うんだよ。」と言う。
Source:
huffingtonpost.com
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